医療法人の出資持分払戻請求権を行使された場合の対策
あなたの医療法人は出資持分”あり”の医療法人でしょうか?それとも出資持分”なし”の医療法人でしょうか?出資持分”あり”の医療法人の場合、出資した人(社員)が除名、死亡、退職などで社員の資格を失ったときに、持分払戻請求をされる可能性があります。
設立時はそれほど大きくない出資でスタートしていた医療法人でも、経営がうまく行っていれば、どんどん医療法人の資産額は大きくなって行きます。長年経営が続いていると、出資持分の額が持分払戻請求をされても支払えないほどに積みあがっていることもよくあります。
このような場合に、どのような対策をすればよいのか、弁護士が徹底解説します。
医療法人の種類
医療法人の出資持分払戻請求権を理解する前に、まず最初に、医療法人の種類について見ていきましょう。医療に関するさまざまなことを定める法律である医療法では、医療法人の定義を、次のように定めています。
「病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所又は介護老人保健施設を開設しようとする 社団 又は 財団 」(39条1項)
この規定における社団、財団というのは、法人の設立目的の違いによって区別されます。簡単にいえば社団は人の集まりを基盤にした法人、財団とは提供された財産を運営するためにつくられた法人のことです。医療法のこの規定によれば、医療法人の場合、社団でも財団でも、どちらの種類の法人でも設立できます。
よって、医療法人は、まず「社団医療法人」と「財団医療法人」の2種類に大別されることになりますが、社団医療法人の割合が非常に高く、全体の99%以上(平成26年3月末時点)を占めています。社団法人と財団法人は、設立時の社員数や必置機関(必ず置かなければならない機関)、拠出財産の額、目的変更の可否などにも違いがあります。
財団医療法人
財産を法人格の基盤としており、個人又は法人が無償で寄付する財産に基づいて設立される法人。持分が無いため、解散時の財産は国、地方公共団体、他の医療法人のいずれかへ帰属させることとなっています。
社団医療法人
その実態が社団(一定の目的をもとに集合した人の団体)である医療法人のこと。つまり、病院や診療所等を開設することを目的とした人の集まりで設立される法人であり、通常複数の人から設立のための資金や不動産、医療用機械などの出資を受けて設立されます。
さらに、社団医療法人は、出資持分が”ある”か”ない”かによって、分類することができます。出資持分とは、出資者が当該医療法人の資産に対し、出資額に応じて有する財産権のことです。つまり、出資持分の”ある”社団医療法人は、出資者が出資した割合に応じて法人資産の払い戻しを請求できる権利(払戻請求権)持つ法人です。一方で出資持分の”ない”社団医療法人は、出資持分がないので、払戻請求権を持たない法人ということになります。
以上のことから、設立の目的や財産権に注目して医療法人を分類した場合、次のように分けられることになります。
医療法人の持分制度とは
社団医療法人に出資した者が、その社団医療法人の資産に対し出資額に応じて有する財産権のことを出資持分(出資金)といいます。平成19(2007)年4月1日施行の第5次医療法改正前に設立された医療法人は、出資持分の払戻請求権について制限を定めておらず、出資持分の払戻請求については、それぞれの医療法人の定款の定めにゆだねられていました。しかも、その呼び名も「出資持分」「持分」「出資金」「出資」等の様々な呼称が用いられていました。
しかし、平成26年の医療法改正に伴って、法令に、持分の定義が規定されました(法附則第10条の3第3項第2号括弧書)。これにより、以後は、「持分」との呼称及び「定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利」との定義が一般的になってきています。
医療法人の出資持分とは
これまで見てきたように、医療法人の出資持分とは、社団医療法人に出資した者が、当該法人の資産に対して、その出資額に応じて有している財産権のことです。出資持分は財産権の一種ですので、出資持分は相続することも可能です。
また、定款に反しない限り、出資持分を譲渡することもできます。こうしてみると、イメージとしては株式会社における株式に近いようにもみえますが、医療法人の場合、剰余金配当が禁止される点や、出資持分権者が必ず社員総会における議決権を得られるというわけではないなどの相違点もあります。
出資持分払戻請求の可否
出資持分払戻請求権の根拠
出資持分の払戻請求権は、出資者が医療法人に対し、自身の出資持分について財産の払戻しを請求できる権利です。このような権利は、どのような法的根拠に基づき認められるのでしょうか。
社団医療法人の根拠法令である医療法には、出資持分の払戻請求権に関する具体的な定めはありません。したがって、出資持分の払戻請求権は、社団医療法人に出資(財産の提供)をしたからといって当然に発生する権利ではないということになります。
もっとも、平成19年4月1日以前は、出資持分の払戻請求権については、医療法の規定に反しない限りで、社団医療法人の定款(当該法人の基本ルールを定めた規定)で定めることができました。したがって、出資持分の払戻請求権は、医療法人の定款に規定があれば、これを根拠として認められる権利ということになります。
実際には、平成19年4月1日以前の社団医療法人の多くは、旧厚生省の定めたモデル定款に従って定款を定めており、そのモデル定款には「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払い戻しを請求することができる。」と書かれていたため、平成19年4月1日以前に設立された多くの社団法人には、出資持分払戻請求権が存在しています。
出資持分の払戻請求権を行使するための要件
前述のとおり、出資持分の払戻請求権を行使するためには、医療法人が社団法人で、かつその定款で出資払戻請求権を定めている必要があります。つまり、出資持分の払戻請求の可否やその要件は、結局のところ、個々の医療法人の定款の規定の内容次第ということになります。
旧厚生省はかつて平成19年4月1日以前には、持分の定めのある社団医療法人のモデル定款を作成し、公表していました。そして、行政の指導もあり、実際には、多くの当時の社団医療法人は前述のとおり、このモデル定款を参考にしながら定款を作成しています。
このため、既存の出資持分の定めのある社団医療法人では、このモデル定款の内容に準じた払戻請求の要件が定められている例が多くなっています。そこで、旧厚生省のモデル定款をみておきましょう。
このモデル定款には、出資持分の払戻しに関し、第6条で「本社団の社員になろうとする者は、社員総会の承認を得なければならない。」第7条1項で「社員は、次に掲げる理由によりその資格を失う。(1)除名(2)死亡(3)退社」さらに、第9条で「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」といった規定が置かれています。
したがって、上記モデル定款の例によれば、①当該社団医療法人に対して出資をしたこと(出資持分を有していたこと)、➁当該社団医療法人の社員資格を有していたこと、③社員資格を喪失したこと、が出資持分の払戻請求のために必要な要件ということになります。
出資持分の払戻金額
では、社団医療法人に対して出資持分の払戻請求権を行使できる場合、具体的にどの程度の金額を請求することができるのでしょうか。この金額算定にあたっては、まず次の2つの基本論点を理解をしておく必要があります。これまでと同様、多くの出資持分の定めのある社団医療法人が採用している旧厚生省のモデル定款を基に考えてみます。
「出資額に応じて」の解釈
まず第1の論点は、モデル定款では「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる。」と規定されていますが、この「その出資額に応じて」というの文言をどのように解釈すべきかという問題です。
最高裁平成22年4月8日判決の事案では、社団医療法人の定款にあった「社員資格を喪失した者は、その出資額に応じて払戻しを請求することができる」旨の規定の解釈が争われました。
そして、同判決は、同医療法人の定款に「当該法人の解散時には、その残余財産を払込出資額に応じて分配する」旨の規定(モデル定款にも同趣旨の規定がある)があることに着目して、出資持分の払戻しに関する規定の「その出資額に応じて」の解釈について「出資した社員は、社員資格を喪失した時に、当該法人に対し、同時点における当該法人の財産の評価額に、同時点における総資産額中の当該社員の出資額が占める割合を乗じて算定される額の払い戻しを請求することができることを規定したものである」と示しています。
途中で加入した社員の出資持分の割合
第2の論点としては、出資が医療法人の設立時でなく、設立後一定時期が経過した後のものであった場合にどのような計算をすべきかという問題があります。例えば、同じ1000万円を出資したとしても、設立当時に出資した場合と、設立10年後に出資した場合とで同じ払戻し額になるのかという問題があります。
この点については、東京高裁平成7年6月14日判決が、「出資時期を異にする社員間の公平を図るため、社団医療法人の設立後に出資して入会した社員の退会に伴う出資持分の払戻額は、当該出資時における法人の資産総額に当該社員の払込済出資額を加えた額に対する当該出資額の割合を、退会時における法人の資産総額に乗じて算定すべき」との見解を示しました。
上記見解は、設立時からの社員の絶え間ない努力によって多額の資産が築かれたにもかかわらず、出資持分の払戻金額を算定する際に、途中入会した社員と設立時からの社員とを同等に扱ったのでは設立時からの社員にとって酷な結果となるため、両者の出資持分の割合に差を設けることにより、社員間の公平を図ろうとしたものと考えられます。
このように、出資持分の払戻請求金額は、請求時の当該医療法人の総資産に請求者の持分の割合を乗じた額が基本となります。
権利濫用による制限
ここまでで、どのような場合にどのくらいの額が認められるのかについて見てきた、出資持分の払戻請求権ですが、その権利の行使が権利濫用として制限されることがあります。
例えば、医療法人が出資持分の払戻請求権を行使された場合、その払戻し額があまりにも大きくて医療法人の経営を圧迫することがあります。このように医療法人の経営が圧迫されるような事態は、社団医療法人の公益性の観点などからは決して好ましいものではありません。
そこで、こうした事態を避けるため、一定の事情のもとでは、医療法人に対する出資持分の払戻請求は権利濫用となる場合があるものと解されています。
これに関し、前述の平成22年最高裁判決も、「出資金払戻請求権の額、当該法人の財産の変動経緯とその過程においてCらの果たした役割、当該法人の公益性・公共性の観点等から、出資持分の払戻請求権の行使は権利の濫用に当たり、許されないことがあり得る」との判示をしています。(ここでCとは払戻請求の基礎となる出資をした被相続人のこと)
このような権利濫用法理は、基本的には、裁判所が個別事案における妥当な解決を図るために用いる法理ですので、その適用の有無を事前に判断することは困難ですが、例えば、「当該医療法人が過去において債務超過かそれに近い状態に陥り、後に関係者の努力により再建されて現在の資産状態が形成され、その資産形成には当該社員が貢献していないというような事案」(宮川光治裁判官の補足意見参照)においては、専門家の助力を得て具体的に検討する必要があると思われます。
もっとも、権利濫用という一般条項の適用によって払戻請求が否定されるケースはあくまで例外的な場合ですので、払戻請求を行う側としては、請求額を減額することや一定期間の分割払いの調整をすることなどで、その権利行使が権利濫用となることを回避する対応策があり得るでしょう。
出資持分払戻請求権への対策
それでは、出資持分の払戻請求権の行使への対策として考えられるものはあるのでしょうか?次のような方法が考えられます。
持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行
医療法人の出資持分払戻請求権は、出資持分が”ある”場合にのみ発生します。出資持分が”ある”社団法人の場合、出資持分の払戻請求や社員の相続が発生すると、多額の払戻し金や相続税が必要となる可能性があります。
多額の払戻し金や相続税が必要となる事態は、医療法人の経営を圧迫する可能性があり、このような状況になると、その医療法人は、良質で適切な医療を効果的に提供する体制を確保できなくなる可能性があります。
このような事態を避けるため、現在、国は持分あり医療法人に対して持分なし医療法人への移行を勧めています。何故なら、国としても、多くの医療法人が経営困難な状況になって、国民の健康の保持のために重要な、適正な医療を続けられなくなっては困るからです。
持分なしの医療法人に移行すれば、出資持分払戻請求権はなくなるので、払戻請求や相続税の支払いによって経営が圧迫されることはなくなります。平成29年10月からは、一定の条件を備えた場合には、社員が出資払戻請求権を放棄した場合に、他の出資者や医療法人に課税される贈与税を非課税にするなどして、持分なし医療法人への移行をさらに促すようにしています。
医療法人の資産を減らしたうえで他の社員の出資持分を買い取る方法
具体的な対策として、次のような事例を参考に出資持分払戻請求権の対策を考えてみます。
Aさん69歳[医療法人・出資者]
- 家族構成・・・Aさん(院長)、妻、長男(医者33歳)
- 相続財産・・・合計9億円(相続税評価額)
- 内訳・・・医療法人の持分、自宅の土地・建物、賃貸アパート、現預金
Aさんの医療法人は、院長のAさんと副院長のBさんで診療にあたっています。BさんはAさんの実弟です。医療法人の持分の割合は、Aさんが全体の2分の1、BさんとAさんの妻が4分の1ずつとなっていました。
Aさんは相続税の試算を行ったところ、Bさんの持分はおよそ1億5000万円でした。これをいきなり払戻請求されたら、医療法人は傾いてしまい、せっかく継ぐ予定になっている息子もいるのに医療法人の経営は逼迫してしまうとAさんは考えました。
Aさんの相続対策のポイントは以下です。
対策1:払戻請求をされる前に、Bさんの持分を買い取る
対策2:持分を買い取るための原資として、Aさんに2億円の退職金を用意
Aさんに必要なことは、Bさんが払戻請求を主張する前に先手を取って対策しておくことです。
そこでAさんは翌年70歳で引退し、退職金として2億円を医療法人から支払うことにしました。退職金2億円をAさんに支払うと、医療法人の資産は減りますから、持分評価が下がります。そのタイミングでAさんは退職金から1億円を使って、持分評価の下がったBさんの持分を買い取ることにしました。もちろん、Bさんとの協議が必要ですが、これによって払戻請求権行使によるトラブルリスクを回避できて、長男にリスクの種を残すことなく承継させることができるようになります。
持分の払戻請求を起こされてしまうと、そこから打てる手は少ないので、突然払戻請求されるという事態が起こる前に対策を講じておくことができればベストです。Aさんのように、自分にとって有利な条件を揃えたタイミングで、持分の買い取りや贈与ができると問題は起こりにくくなるでしょう。
まとめ
社団医療法人の出資持分の払戻請求について解説してきました。本記事が、医療法人の出資持分の払戻請求の問題に直面している医療法人の理事長さまなどのお役に立てば幸いです。
なお、出資持分の払戻請求権の行使に関しては、その他にもトラブルを回避するために注意すべき点がいろいろとあります。「7.出資持分払戻請求権への対策」で挙げた具体的方法以外にも、ケースバイケースでさまざまな対策や交渉が考えられますので、出資持分の払戻請求を受けるなど、お困りの医療法人の理事長さまは是非とも弁護士法人弁護士法人M&A総合法律事務所にご相談ください。何卒よろしくお願いいたします。