少数株主がいる会社はどうすればよいか?!
創業や相続のタイミングで生まれる少数株主は、 まさに同族株主の「目の上のたんこぶ」です。そのまま放置していれば、経営者が変わるタイミングでますます影響力が高まり、会社の土台を揺るがす事態に発展しかねません。
高齢化に伴って事業承継を考える今こそ、少数株主を排除すべき最後のタイミングです。ただし、少数株主問題の解決だけにとらわれるのではなく、遺留分対策等を含めて複合的に承継プランを練らなくてはなりません。
事業承継にあたって必要な対策を一挙に講じられるのは、相続法・会社法の両分野に精通した弁護士だからこそです。以降、既存の少数株主への対処を中心に、実務家の目線で事業承継のプランに組み込むべき措置を解説します。
少数株主の影響力を後継者の代まで残すリスク
同族企業のメリットは、少なくとも株主間の経営に対する意思が統一できている間しか生じません。「経営に理解がない」「自己の利益を優先しようとする」といった行動傾向の株主がいると、事業の効率は反転して悪くなります。
よく見られるのは、創業や資金調達の都合で株主構成に親族が加わり、少数ながらも議決権を行使して経営を邪魔してくる……といったケースです。
【こんな少数株主問題に悩まされていませんか?】
- 高額配当を要求される
- 近親者を役員に据えるよう要求してくる
- 株主総会で面倒で無意味な提案を繰り返す
- 創業者の代でやっていた古い経営手法を押し付けてくる
- 重大議案に反対され、事業革新どころか運営に支障をきたす
- 少数株主がネックとなり、M&Aがなかなか成立しない
こうした少数株主の問題は、事業承継の前に対処しなくてはなりません。今後若い後継者が言いなりになってしまう等して、財政やコンプライアンス面で問題を抱えるようになってしまう懸念があるからです。
また、当然ながら少数株主側でも相続による権利承継があり、これに伴って経時的に株主構成が複雑化する点も無視できません。そうなれば、問題対処も事業の処分もますます難しくなります。
少数株主問題と類似問題の「名義株」にも要注意
出資者とは異なる人物が株主名簿に記載された「名義株」は、少数株主と同様のリスクを抱えています。こうした株式に関しては、「実質上の引受人すなわち名義借用者」(最高裁判所昭和42年11月17日判決)を特定し、出来るだけ名簿書換を実施しなければなりません。
もし実質株主を不明のままにしておくと、次のような問題が起きます。
- 名義株主の承継者のせいで意思決定が滞る
- 通常の手続き(贈与or相続)では後継者に譲渡できない
- 上記リスクが忌避され、M&Aが成立しない
また、名簿書換にあたっては、実質株主・名義株主の2者の協力関係が欠かせません(会社法第133条2項)。この時、名義株主の協力が得られないのであれば、書換を命じる判決を得なくてはなりません(会社法施行規則22条1項1号・2号)。また、原則5年以上の音信不通を理由に強制買取する(会社法第197条)ことも可能です。
課税面では、実質株主への贈与が発生したとみなされないよう、確認書を作成しておくことも大切です。
【コラム】実質株主の判断基準
実質株主の判断基準は、「株式の取得代金ないし払込金の出捐者」「名義貸与者と名義借用者との関係」「名義借りの理由」の3要素から成ります(東京地裁平成23年2月28日判決)。
実際のところ、名義株が現れる経緯は会社ごとに異なるため、弁護士による的確な判断が必要です。
事業承継に伴う少数株主問題における弁護士の必要性
事業承継を円滑に実現するには、いくつかの対策を組み合わせる必要があります。本記事で紹介する「少数株主対策」にせよ、後継者以降の代で再び悩まされることがないようにする予備的対策も必要です。
望ましい方策はケースバイケースであり、資金状況・会社の財務状況・課税額・相続人構成……といった様々な観点から検討しなくてはなりません。この点、総合的判断に基づくオーダーメイドの事業承継計画を立てるには、弁護士による診断と処方箋の提示が不可欠です。
事業承継で必要なプロセス | 主軸となる対策 | 予備的対策 |
①意思決定の適正化 | 少数株主の排除or影響力希釈 | ・少数株主の再発抑止・後継者に対する監督権の強化※※必要に応じて |
②円滑な承継実行 | 遺言書の作成or生前贈与 | ・遺留分対策・認知症対策・課税対策・相続or贈与以外の承継方法の検討 |
親族内承継における少数株主対策の計画例
ここで、同族企業における事業承継計画の例をいくつか挙げてみましょう。
【プラン1】面倒な同族株主を排除してから会社を継がせたい
Step1…株式併合による少数株主排除
Step2…議決権制限種類株式の導入
Step3…議決権行使を含む「任意後見契約」の締結(認知症対策)
Step4…遺言書の作成(2の種類株式を共同相続人の遺留分として確保)
【プラン2】経営者に議決権を集約してから引退したい
Step1…株式等売渡請求による少数株主排除
Step2…拒否権付種類株式の導入(後継者監督の体制整備)
Step3…株式等売渡請求制度の導入(少数株主の発生抑止)
Step4…普通株式の生前贈与の実行
ここで紹介したプランは、どの事例にも適用できるものではありません。あくまでも、以降で紹介する弁護士の提案をイメージしやすくするために紹介するものです。
事業承継における少数株主の排除の手法
少数株主の排除、つまり相手の保有する株式を処分するには、合意や法令に基づく措置が必要です。最も簡単なのは「任意の買取り交渉」ですが、見込みが薄い場合は「スクイーズアウト」と総称されるいずれかの手法を検討します。
また、資金が足りない、あるいはM&Aを予定している等のケースでは、増資目的で利用される「募集株式の発行」の応用で少数株主の影響力を希釈する方法が考えられます。
いずれの方法も一長一短であり、プランニングと実現可能性の想定が欠かせません(下記参照)。
任意の買取り交渉
会社法上の手続きを必ずしも要しない方法として、任意交渉による株式の買い取りが挙げられます。
買い手となるのは、資金が許す限り主要株主です。ただ、平成13年の商法改正以降は、株主総会決議を条件として会社が買い取ることも認められています(=自社株式の取得/会社法第155条)。
注意したいのは、買取交渉に上手くまとまる保証はない点です。個人間の感情的な対立、経済的事情、そして会社経営への無理解……等と言った諸々の原因のせいで、適切な対価を示しても首を縦に振ってくれない可能性があるのです。
交渉の成功率を上げるなら、適正な対価を提示するのは当然、プレミアムを乗せて相手を経済的に満足させることも検討しなくてはなりません。また、弁護士を挟んで公正さの担保を印象付けるのも、基本的なテクニックの1つです。
スクイーズアウト
会社法に則った「スクイーズアウト」には、経営者サイドの議決権の数に応じて3つの選択肢があります(下記参照)。注意したいのは、解説する通り少数株主側に抵抗の余地がある点です。
- 同族株主で保有する議決権が90%以上の場合
→特別支配株主による株式等売渡請求(①)
- 同族株主で保有する議決権が90%未満66%以上の場合
→株式併合(②)、または全部取得条項の付与(③)
①特別支配株主による株式等売渡請求
経営者が議決権の90%以上を保有している「特別支配株主」であれば、その他の株主に対して売り渡しを強制できます(法第179条)。正確には、提示した取得価格に相手方が納得しまいと、裁判所の決定した価格で買い取れます(法第179条の8)。
この「特別支配株主による株式等売渡請求」の強みは、取締役会決議だけで迅速かつ確実に実行できる点です。株主側には、前記売買価格の決定にかかる申立制度の他に「差止請求」(法第179条の7)や「無効の訴え」(法第846条の2)等と充実した保護があり、その賛同は要しないとされているのです。
別の捉え方をするなら、スクイーズアウトを迅速かつ低コストで完了させる上で、上記権利による抵抗を極力抑えるべく「適切な対価の提示」が欠かせません。
②株式併合
経営者の議決権が90%未満かつ66%以上(3分の2以上)であれば、株主総会の特別決議による「株式併合」を利用します(法第180条・法第309条2項4号)。その名称の通り、株式を併合して数を減らす手法です。
本手法で少数株主を排除するには、併合時に問題の株主の保有数が1株未満の端株になるよう調整しなくてはなりません。達成すれば、当該端株は対価を交付する等して処理できます(法第235条・法第234条2項〜同5項)。
なお、株式併合に関しても、「差止請求」(法第182の3)・「反対株主の株式買取請求権」(法第182の4第1項)によって株主は保護されます。その他、裁判所に価格決定の申立てをすることも可能です(法第182条の5第2項)。
つまり、特別支配株主の売渡請求と同じく「適切な対価の提示」が必須となります。そればかりでなく、株式併合が必要な理由についても、明快で合理的な説明を心がけなくてはなりません。
③全部取得条項の付与
他には、やはり株主総会の特別決議で定款を変更し、発行株式の全て「全部取得条項付種類株式」(法第171条1項)とする方法があります。変更が完了すれば、その名称の通り、一定の事由に基づいて会社が取得できるようになります。
なお、スクイーズアウトでは、①取得対価を「新しく発行する普通株式」とします。その上で、②全部取得条項付の株式との交換単位を1株未満となるよう調整し、最後に③当該端株を競売・売却・買取のいずれかの方法で処理します(法第234条2項2号)。
実のところ、本手法はあまり活用されていません。見た通り手続きが複雑であり、他に紹介した手法の方がより簡便だからです。少数株主の諸々の権利によって抵抗される可能性について比較しても、他の方法より特に優れているとは言えません。
事業承継における少数株主の影響力の希釈の方法
資金面等の都合で少数株主の排除が難しい場合は、「第三者割当」や「株主割当」によって影響力を薄める方法が考えられます。いずれも会社法上の手続きが必要となる他、プランに制限を受ける部分があり、個別の検討は欠かせません。
第三者割当
まず考えられるのは、株主総会または取締役会による決議により、新しく発行した株式を特定の第三者に引き受けてもらう方法(=第三者割当/法第199条1項~2項・第200条1項)です。なお、引き受ける者の資金力が成功の前提となる点から、自社・取引先・銀行・ベンチャーキャピタル等が相手方とする場合が少なくありません。
注意したいのは、募集株式を時価より低い金額で引き受けてもらう「有利発行」にあたるケースです。この時、少なくとも以下の規則は意識しなくてはなりません。
【注意】有利発行のルール
- 取締役が説明義務を果たすこと(法第199条3項・第200条2項)
- 払込金額を最長6か月間の適当な期間における平均価額の90%以上とすること(日本証券業協会の定める指針より)
②のルールは上場会社におけるものです。しかし、非上場企業であっても、無視すると募集発行の無効または差止めの訴え(法第210条・第818条1項2号)を提起される恐れがあります。
なお、本指針に基づく払込金額を下回るなら、議決権の3分の2以上による「株主総会の特別決議」が必要です。
株主割当
次に考えられるのが、第三者でなく既存株主(※会社を除く)に対し、その持分に応じて新株を取得する権利を付与する方法です(法第202条各項)。
この「株主割当」は、少数株主の資金力が少ないケースで実質的な「第三者割当」として機能します。資金不足による引受の拒否は不法行為に当たらないとする判断(東京地裁平成28年9月28日)を踏まえ、株主の影響力を希釈する方法として活用できるのです。
ここで解説する株主割当のメリットには、原則として取締役会の決議で実施できる点も追加できます。
注意したいのは、発行可能株式総数の定め(法第37条)です。
新株の発行数は、非公開会社では定款の定めを上限とし、公開会社でも定款に定めのある数の4倍までしか発行できません(法第113条3項)。いずれにせよ、上記基準を上回る場合には、議決権の3分の2以上を要する「株主総会の特別決議」で定款変更しなくてはなりません。
予備的対策としての少数株主の「議決権のコントロール」
事業承継における少数株主対策では、「将来に向けた少数株主の発生抑止」と「後継者監督の体制」を同時に検討しなくてはなりません。そのために必要なのが、株式ごとに異なる扱いを行うことによる議決権のコントロールです(下記参照)。
種類株式の発行
株式の扱いは、会社法第108条1項により計9項目に渡って定められます。異なる扱いが定められた種類株式のうちのいくつかは、後継者に対する監督権の獲得と共に、少数株主の発生抑制に役立ちます。
注意したいのは、新たに種類株式を発行しようとする場合、株主総会の特別決議による定款変更が必要になる点です。
①議決権制限種類株式
議決権制限付株式とは、その名の通り「行使できる議決権について他の株式とは異なる定め(=制限)がある」種類株式です。
当該種類株式が役立つのは、相続によって少数株主が発生するケースです。まず議決権の無い種類株式を発行し、当該株式は共同相続人へ・普通株式は後継者へ……とのように振り分けることで、相続トラブルを防ぎつつ少数株主問題を回避できます。
②拒否権付種類株式(黄金株)
拒否権付種類株式とは、株主総会または取締役会の決議が必要な事項に関し、特定のものにつき「当該種類株主の決議」を追加で必要とする旨を定めたものです。当該種類株主は普通株式を保有していなくとも影響力を発揮できる点から、「黄金株」とも呼ばれます。
上記種類株式をほんの少数でも発行しておけば、それ自体を実質的な経営権として扱えます。普通株式を後継者に生前贈与し、拒否権付の株式を先代の手元に残しておく……といった手法により、元気なうちは経営を監督することが出来るのです。
③取締役会・監査役選任権付種類株式
譲渡制限事項の定めが定款にある会社(非公開会社)に限って言えば、「取締役・監査役選任権付種類株式」の発行も可能です。その名の通り、取締役や監査役の一部または全部につき、当該種類株主による選任決議が出来る旨を定めたものです。
本種類株式は、役員人事の実権として扱えます。つまり、拒否権付株式と同様に、事業承継が完了するまでの間は後継者を監督する手段として活用できるのです。
属人的株式
全ての発行株式に譲渡制限のある非公開会社では、定款で「株主ごとに」株式の扱いを定めることも可能です。後者は、その性質から「属人的株式」と呼ばれます(法第109条2項)。
属人的に定められる内容は下記①~③となり、③をもって少数株主の影響力をコントロールでます(法第第105条1項)。
- 剰余金の配当を受ける権利
- 残余財産の分配を受ける権利
- 株主総会における議決権の3つの権利
属人的株式の利点は、株式単位で扱いを定める種類株式とは異なり、登記事項ではない点です。つまり、M&A等で自ら情報開示しない限り、第三者に知られることないのです。
注意したいのは、設定にあたってのハードルです。設定・変更にあたっては、議決権の4分の3を要する「株主総会の特殊決議」(法第309条4項)がかかせません。
【コラム】属人的株式にかかる制約
属人的株式の定め①・②につき、両方とも権利の全部を与えないと定める定款は無効です(会社法第105条2項)。その他、特定の株主に対して差別的な扱いが行き過ぎても、やはり無効と判断されます(東京地裁平成25年9月25日)。
少数株主対策では、必然的に不利な定めを設けることになるでしょう。個別ケースでは、どの程度までなら合理的で正当性があるとみなされるか、弁護士による慎重な判断が不可欠です。
少数株主の「議決権のコントロール」にかかる注意点
異なる扱いをする株式で議決権をコントロールしようとする場合には、注意すべきポイントが2つあります。いずれも、状況を俯瞰しつつ慎重に事業承継スキームへと組み込む必要があり、弁護士の支援なしでは判断できないポイントです。
【ポイント1】既存の敵対的少数株主は排除しておく
株式ごとに異なる定めを設けても、それがすなわち少数株主問題に寄与するという訳ではありません。以降解説する議決権のコントロールとは別に、既存の敵対的な少数株主は排除しておく必要があります。
【ポイント2】制限の強い株式には保有のメリットを付与する
議決権制限種類株式または制限のかかった属人的株式を保有させた場合、それだけで株主の反発を招きます。そこで、配当や残余財産の分配を優先する種類株式(法第108条1項1号・2号)を兼ねる等して、当該株主に一定の利益を譲ることも視野に入れなくてはなりません。
事業承継に伴う少数株主対策に必要なその他の予備的対策
事業承継の実行段階でも、少数株主問題の再発抑止は必要です。また、通常は遺言あるいは贈与で承継を完了させますが、予備的対策を一挙にできる方法として「家族信託」や「持株会社の設立」といった手法が適しているケースもあります。
最後に、忘れず検討したい3つの予備的対策を挙げてみましょう。
遺留分対策
事業承継でほぼ必ず課題になるのが、各相続人が権利を有する「遺留分」の確保です。株式の承継により、必然的に相続財産の配分に著しい不公平が生じることで、後継者および保有する株式に対し「遺留分侵害額請求」が行われる懸念があるからです。
さて、議決権が遺留分として分散しないようにする対策は、①遺言への文言追加が一般的です。より高度な対策として、配当金で遺留分権者を満足させるための②家族信託の組成、あるいは遺留分問題自体を回避するための③持株会社の設立が挙げられます。
遺留分侵害額請求の順序指定
遺留分侵害額請求に関しては、遺言で「どの資産を優先的に対象とすべきか」順序を指定しておけます(民法第1047条1項2号)。つまり、遺留分に足る別の個人資産(預貯金等)を優先対象とする文言を追加しておけば、株式に対する請求は回避できます。
【例】相続人は配偶者と子2人の計3名。持ち家(評価額2千万円)・預貯金(1千5百万円)・経営する会社の株式(評価額2千5百万円)を、遺留分対策をしながら分配したい
▼遺言書の内容
- 持ち家は配偶者、株式と預貯金は長男(後継者)にそれぞれ相続させる
- 遺留分侵害額請求の対象を「長男が承継した預貯金」とする
→後継者でない子(次男)は、自身の遺留分である750万円(6千万円×8分の1)を預貯金から得られる
家族信託の受益権による遺留分確保
家族信託の仕組みを応用すれば、種類株式の発行等といった会社法上の手続きを得ることなく、配当金を遺留分として確保できます。すなわち、遺留分権者を受益者として組成することで、受託者(=後継者)に議決権を留保したまま、先々の事業の収益で遺留分権者を満足させられるのです。また、信託終了時の残余財産の帰属先を指定することで、株式にかかる遺言としての機能も果たします。
持株会社の設立
経営権・支配権を獲得する上で、必ずしも「直接当該会社の株式を保有しなければならない」とは限りません。後継者を株式保有だけを目的とする「持株会社」(ホールディングス)の100%株主とし、その持株会社に当該会社の株式を保有させる……といった方法もあります。
事業承継の実行方法をこうした間接的なものにすれば、相続や遺留分といった問題は原則発生しません。
注意したいのは、後継者に会社設立のための費用負担が生じることです。また、持株会社が先代経営者の株式を引き継ぐため、金融機関の融資をあてにせざるを得ない場合がほとんどです。
課税面でも、先代経営者に譲渡益が出た場合、確定申告と所得税の納付は回避できません。追記すれば、株式の譲渡によって得た対価はいずれ相続財産に変換されるものであり、現金であるが故に有効な節税策がない点も問題です。
認知症対策
事業承継の計画は、少数株主対策を含めて中長期的なものとなります。万一その途上で先代経営者が認知症を発症すると、議決権行使を含む一切の法律行為が出来なくなり、計画中断を余儀なくされます。そこで、いざとなればただちに事業承継できる手段を考えなくてはなりません。
ポピュラーなのは、死亡に伴う事業承継を前提とする①後継者との任意後見契約です。最近の事業承継の実例では、もしもの時に備えて株式譲渡を“予約”できる手段として、②自己信託の組成も多用されつつあります。
任意後見契約の締結
平成11年制定の「任意後見契約」では、将来に備え、療養看護および財産管理に関する事務について合意の上委任できます。議決権の行使を委任事項に含めておけば、認知症と診断された後、実質的な経営権は任意後見人=後継者に渡ります。
ただ、後見開始時には「任意後見監督人」が選任される点(法第4条)を踏まえると、先代の存命中は必ずしも自由な経営が叶うとは言えません。
自己信託の組成
家族信託では、終了事由と残余財産の帰属先を自由にコントロールできます。終了事由に関しては、あらかじめ決めておけば「委託者の同意」は要しません。
この性質を利用すると、先代経営者を受託者とする「自己信託」で生前承継を予約できます。よく採用されるのは、弁護士と後継者との合意があれば信託を終了できるものとし、その際の残余財産(=議決権付き株式)の帰属先を後継者とするスキームです。こうすることで、先代経営者はあくまでも“現役”を固持し、万一の時は信頼できる第三者の監督の元で生前承継が完了します。
将来の議決権再分散(少数株主の発生・増加)に対する備え
遺留分対策までの提案に効果が生じるのは、あくまでも子世代に同族会社を承継する時点までです。子の代で、あるいは子から孫から承継する段階で、再び議決権が分散して少数株主が現れる可能性は排除しきれません。
そこで、下記の①・②の措置も視野に入ります。
売渡請求制度の導入
後代で発生した少数株主への対処は、一般承継人に対する売渡請求制度を導入しておくと容易です。本制度により、株式を相続した者につき、その同意がなくとも当該株式を会社が取得できるようになります(会社法第174条〜第177条)。
なお、本制度を導入するには、株主総会の特別決議による定款変更が必要です。その上で、実際に売渡請求を行うには、以下2つの条件を満たさなくてはなりません。
- 当該株式が譲渡制限株式である(法第2条17号)
- 財源規制に違反しない※(法第461条1項5号)
※他の株主や債権者を害さないよう、株式を取得する時の対価は「剰余金の分配可能額」から捻出しなければなりません。
参考までに、上記制度による売渡請求が必要になった場合も、やはり株主総会の特別決議が必要です。その後、請求通知と原則協議による売買価格の決定を経て、株式の再集約に至ります。
従業員持株会の設立
議決権を分散させる心配のない承継先として、後継者の他に従業員が考えられます。福利厚生の一環で「従業員持株会」を設立すれば、そこに株式を取得させることで、相続税の軽減にも繋がります。
心配なのは従業員負担となる課税額ですが、同族株主ではない以上、特例的な「配当還元方式」によって評価が下がります。無償で取得させるとしても、年間の基礎控除額110万円以内に収まっていれば非課税です。
気を付けたいのは、経営支配権を維持できるかどうかです。議決権は、同族株主で少なくとも50%以上、出来るだけ66%以上(3分の2以上)占有できるようにしなくてはなりません。言い換えれば、持株会に取得させられる株式の数・種類には制限があります。
その他、株主名義や配当金支払いに関する事務コスト、そして証券投資信託法第3条による会員範囲の制限等についても、じっくり検討すべきです。
事業承継や少数株主問題は弁護士に相談を
同族会社における事業承継計画のメインになりやすい「少数株主対策」は、相手の出方や法令遵守を特に意識しなければならないポイントです。実際には相続・認知症対策との複合的なプランとなり、その複雑さは予想をはるかに超えるでしょう。
会社ごとに最適な方法で計画を進めるなら、弁護士のサポートは欠かせません。相談さえあれば、少なくとも「後継者の代で起こり得る問題は何か」「対策に避けるリソースはどの程度あるか」等といった多角的な視点で出来る策を提案できます。
経営者の高齢化を念頭に置けば、余裕を持ってバトンを渡す準備を進めなくてはなりません。少しでも気になることがあれば、弁護士に相談しましょう。