株式買取請求権と財源規制!
株主からの株式買取請求への対策を考えるうえで、剰余金が少ない中小企業などにおいて、押さえておく必要があるのは「財源規制」の適用です。
この記事では、株式買取請求権と財源規制の関係、財源規制の概要、株式買取請求権に関して財源規制が適用されるケースとその詳細について解説します。
株式買取請求に応じる際に、財源規制がかかるケースがある
株式会社が株主から「株式買取請求権」を行使された際に、「財源規制」のため自己株式を取得できずに困るケースが存在します。
株式買取請求権とは、自らが保有する株式を公正な価格にて買い取るよう、株主から株式会社へと請求できる権利のことです。
株式会社が株主からの株式買取請求に応じる場合、「自己株式」を取得することになりますが、ケースによっては財源規制がかかることがあります。
財源規制とは、自己株式の取得や剰余金の配当などに対して設けられている制限です。自己株式の取得については、取得日における「分配可能額」を超過する価格で取得することはできません。
分配可能額の算出は複雑ですが、剰余金の金額から、自己株式の帳簿価額など所定の項目を加減して算出するのが一般的です。つまり、剰余金を上回る金額で、自己株式を買い取ることはできないといえます。
自己株式の取得に財源規制がかかる理由
自己株式の取得に対して、財源規制がかかるケースがあるのはなぜなのでしょうか。遠因としては、日本では過去に自己株式の取得が、次の理由で禁止されていたことが挙げられます。
資本充実の原則・資本維持の原則
旧商法では、資本充実の原則・資本維持の原則が重視されてきました。資本充実の原則とは、会社設立時などには、資本金額と同等の資産を会社に拠出(提供)しなければならないという原則です。また、資本維持の原則とは、設立後も資本金額と同等の会社資産を維持し続けなければならないという原則になります。
これらの原則は、株式会社の株主は有限責任であるため、債権者を保護する観点から、会社には一定の資産を維持する義務があるという考えに基づいていました。しかし、2005年の会社法制定による最低資本金制度の廃止などにより、現在では資本充実の原則は放棄されているとみなされています。
一方、資本維持の原則については、剰余金の分配可能額を算出する際には資本金を考慮することからも、現在でも原則は維持されています。自己株式の取得は、資産から株式の金額分が払い戻されるため、資本維持の原則に沿わない行動であり、債権者保護の観点からは適切ではないという考え方もあります。
株主平等の原則
自己株式を取得する際に、だれを相手方として選ぶか、株価をどのように決めるかによっては、株主間において不公平が生じる恐れがあります。そのため、株主はもっている株式の数と種類に応じて等しく扱われるべきとする株主平等の原則に反するためです。
株式買取請求権に応じる際に、財源規制が関係してくるケースの紹介
株式会社が株主からの株式買取請求に応じる際に、財源規制のあり・なしが関わってくるケースとして次が挙げられます。
- 譲渡制限株式において譲渡承認請求を受けた際に、請求を承認せずに会社が買取り あり
- 株主と合意して、自己株式を有償にて取得 あり
- 譲渡制限株式において、相続人等へ売渡請求を行った場合 あり
- 端数株を処理するための買取り あり
- 事業すべての譲受けに際しての取得 なし
- 合併による株式承継 なし
- 吸収分割による株式承継 なし
譲渡承認請求を承認せずに、株式買取を行う場合の財源規制
株主が譲渡制限株式をある相手に譲渡したいときは、会社に対してその譲渡を承認するかしないかを決定するよう「譲渡承認請求」を行います。この請求に対して、会社が譲渡を承認しない場合は、対象となる譲渡制限株式を買い取るか、別の買取人を指定する必要があります。
こうした譲渡承認請求を承認せずに、株式買取を行う場合に財源規制が適用されるのです(会社法461条1項1号)。
会社はいつ譲渡承認請求を受けるか予想ができないため、剰余金があまりない状態で株価が巨額となる譲渡承認請求を受けてしまうと、買取を行いたくてもできないという状態に陥ってしまうケースもあります。
そのような場合には、会社側が別の買取人を指定して資金を貸し付け、買取人によって株式を買い取ってもらう方法も可能です。買取人は自己株式を買い取るのではないため、財源規制は適用されません。
しかし、会社から資金を借りてまで対象の株式を買いたいという買取人を見つけるのは難しく、見つからない場合には、会社は譲渡承認請求を承認するしかなくなります。
株主と合意して、自己株式を有償にて取得する場合の財源規制
株式会社が株主と合意して、自己株式を有償にて取得する場合、財源規制が適用されます(会社法461条1項2・3号)。
この場合、どの株主から自己株式を取得するかあらかじめ決めるかどうかで、手続きやルールが変わってきます。なぜなら、特定の株主から取得する場合には、その人物にのみ投下した資金を回収する機会を与えることにつながるため、株主平等の原則に反するからです。
A.株主総会にて自己株式の取得に関する事項を決議
株主と合意して自己株式を取得する場合、取得に関する事項を決める手続きは、対象がすべての株主か、特定の株主かにより、次のように分かれます。
株主を特定せずに、すべての株主を対象とする場合
すべての株主を対象として自己株式の取得を行う場合、株主平等の原則には反しないため、特定株主が対象の場合と比べるとルールは緩やかです。
この場合、株主総会の普通決議により次の事項を定めるか(会社法156条1項)、または取締役会に次の事項の決定を委任することができます(会社法459条1項)。
- 取得する自己株式の数(種類株式の場合は、株式の種類・種類別の数)
- 交付する金銭等の内容と時価総額
- 株式を取得可能な期間(1年未満)
つまり、株主総会の普通決議をすれば、公開買付や市場での取引を行うことなく自己株式を取得できるのです。
特定の株主のみ対象とする場合
特定の株主のみ対象として自己株式の取得を行う場合、株主平等の原則に反する恐れがあるため、すべての株主が対象となる場合よりもルールは厳しくなります。
まず、次の事項を、株主総会の普通決議ではなく特別決議で定める必要があります(会社法160条1項・309条2項2号)。
- 取得する自己株式の数(種類株式の場合は、株式の種類・種類別の数)
- 交付する金銭等の内容と時価総額
- 株式を取得可能な期間(1年未満)
- 譲渡人となる株主
加えて、売主である特定の株主は、対象の株主総会においては議決権を行使できません(会社法160条4項・売主以外の全株主が議決権を行使できない場合を除く)。
売主追加請求権
あらかじめ売主として特定の株主が決まっている場合、ほかの株主にも同じ機会を与えないと、株主平等の原則に反します。そのため、会社はほかの株主に対して、自らも売主に加えることを株主総会の議案にあげるよう請求できる権利(売主追加請求権)があることを通知しなければなりません(会社法160条2・3項)。
なお、次の場合には売主追加請求権に関する通知をする必要がありません。
1)株式を市場価格よりも低い価格にて取得する場合(会社法161条)
2)相続人やそれ以外の一般承継人より取得する場合。ただし、次のどちらかに該当するときは除く(会社法162条)。
a)株式会社が公開会社の場合
b)該当する人物が対象の株式に関して議決権を行使した場合
3)売主追加請求権に関する通知をしない旨の定めが定款にある場合(会社法164条1項)
2はつまり、非公開会社では、株式を相続した人物から会社が自己株式を取得したいケースでは、相続人以外の株主における特別決議があれば、売主追加請求権についての手続きをしないで、相続人のみから株式を取得できるということです。
B.取締役(取締役会)にて取得価格等を決定
株主総会の普通決議または特別決議にて、取得する自己株式の数などを定めた後も、自己株式を取得する際にはその都度、取締役(取締役会が置かれている場合は取締役会)が次の事項を定める必要があります(会社法157条1・2項)。
- 取得する自己株式の数(種類株式の場合は、株式の種類・種類別の数)
- 交付する1株あたりの金銭等の内容と金額
- 交付する金銭等の時価総額
- 申込期日
C.株主への通知
会社は株主に対して、取得価格など上記の内容と通知しなければなりません(会社法158条1項・160条5項)。公開会社の場合は、公告を出して通知に代えることができます(会社法158条2項)。
株主は通知を受けたら、譲渡を希望する株式数を会社に明示して申し込みを行うことが可能です(会社法159条1項)。株主が申し込んだ株式の譲渡は、申込期日の時点で、会社が承諾したとみなされます(会社法159条2項)。
譲渡制限株式において、相続人等へ売渡請求を行った場合の財源規制
株式会社が、相続人から譲渡制限株式を取得するには、次の方法があります。
- 会社と相続人とで合意したうえで取得
- 相続人へ売渡請求を行って強制的に取得
会社と相続人とで合意したうえで取得する場合は、先述したように非公開会社に限って、売主追加請求権に関する手続きを踏まなくてもよい特例が設けられています。
相続人に対して売渡請求を行って譲渡制限株式を取得するには、事前に定款にその旨の内容を定めておくことが必要です。そして、この場合は財源規制が適用されます。
端数株を処理するために買い取る場合の財源規制
株式交換などで端数株を処理するために自己株式を買い取る場合は、財源規制が適用されます。似た例として、単元未満の自己株式を買い取る場合には、単元未満株は端数株とちがって議決権などの権利が制限されているため、財源規制は適用されない点に注意しましょう。
事業すべての譲り受け・合併や吸収分割による株式承継の財源規制
ほかの会社から事業全部を譲り受けたり、合併時に存続会社として又は吸収分割時に承継会社として相手会社の株式を取得したりする場合には、財源規制は適用されません。
ただし、ほかの会社から事業の一部を譲り受ける場合には、当然に自己株式を取得できるとはされていませんので除外となります。
財源規制への対策
株式買取請求権に応じるうえで財源規制がかかるケースへの対策としては、次の取り組みが考えられます。
- 減資の手続き
(売渡請求など多少は時期を選べる場合には)直近で最も決算の数値がいい時期を待つ
財源規制によって、自己株式を取得する資金源は剰余金の分配可能額の範囲内と定められるため、債務超過など剰余金が十分でない会社においては、自己株式の取得ができない可能性も生じます。
その場合は、会社法上の手続きを踏んで、資本金・資本準備金などの剰余金への振替を行うことで、剰余金を増やす「減資の手続き」という方法もあります。
または、譲渡制限株式における相続人への売渡請求など、(相続を知ってから1年以内という期限はあるものの)多少は時期を選ぶ余地がある場合は、直近で最も決算の数値がよいと見込まれる時期を選んで請求を行うなどの対応も考えられます。
ここから先の重要な実務上の留意点については来所相談で!
なお、この論点については、実際の運用時における留意点の方が重要であり、ここから先の重要な実務上の留意点については、来所相談又は実際受任時にのみお話しさせて頂きます!
まとめ
株式買取請求権に応じる際には、剰余金の分配可能額の範囲内でしか自己株式を取得できないといった「財源規制」が適用されるケースがあります。
そのため、譲渡制限株式における株主からの譲渡承認請求など、資金源がないために請求を飲まざるを得ない不本意な事態が生じる可能性もあります。財源規制への対策として、減資など一部の方法を紹介しましたが、どのような対策を取ればよいかは事例ごとにケースバイケースで異なります。
財源規制への対策を取りたい場合には、ひとりで悩むよりも、専門家であるM&Aに精通した弁護士事務所にぜひ相談してみてください。